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「妙瀧寺」の由緒・沿革

妙見山には、本瀧、清瀧、新瀧の三つの瀧があり、古来、厄払いや福徳招来などの奇瑞を発顕する聖地として、信仰されてまいりました。

「妙見」は北極星の異名。

天の中央に輝く不動の星は、天御中主、北辰、そして妙見などの神聖な名で呼ばれ、古来、国や地域を問わず畏敬の対象とされました。

それは北天に輝くこの三連星が、人々の生活を見守り、吉祥を授けると信じられてきた証左とも申し上げられます。


妙瀧寺は、清瀧をお守りすべく、龍泉院慈徳妙修法尼により建立された、日蓮宗の御祈祷寺院でございます。

龍泉院慈徳妙修法尼は妙見山本瀧のそばに小さな小屋を結び、修行生活を送りながら、近代医療では療治し得なかった病人たちや、精神的な苦しみを抱えた方たち、あるいは霊障に悩まされる人々を導き癒された方です。

後に修行中に授かったご神託により妙見清瀧を発見し、現在の地に行場を開きました。


当山二世の龍泉院日明上人は、若くして原因不明の体調不良に悩まされ、医療では手の施しようのない状態でしたが、当山での修行により回復。直後に妙修法尼が遷化したため、遺言により後継者となり、同時に行場の妙瀧寺を建立いたしました。

清瀧は、生まれ持った因縁や罪生などを洗い流し、浄化する力と、神力を増進してさまざまな障害を打破する力を与えると信じられてまいりました。

清瀧においでくだされば、必ずやその神気をお感じいただけることでございましょう。


◆プロフィール

水野 行清 (みずの ぎょうせい)
1976年生まれ
出身地:大阪府豊能郡
2012年 日蓮宗教師資格取得
2013年 松籟山妙瀧寺 第四代住職に就任

3人兄弟の末っ子。
父は「3時のあなた」など多数のテレビ番組に出演していた有名な祈祷師。

生まれてきたときのこと
生まれてきたとき、私の首は曲がっており、両親はとても心配していました。
父はそのことを神様に聞いたら、「お奉りしてある清水大菩薩像の首が曲がっているので直しなさい」と言われたました。言われた通り、清水大菩薩像の首を直すと私の首も治りました。

人生の転機
33歳のときに、人生の転機がありました。
仏門に入るという、自分の運命に逆らい続けてきましたが、ある夜、夢の中で「白い蛇」がお腹の中に入り、亡き父が現れ「滝行をするように」と言われました。この日を境に、修行に打ち込むようになり様々な霊的現象を体験するようになり、仏門に入ることを決意しました。

宿命
36歳の時、ある夜寝ていると、目を開けるとつぶれてしまうのではないかと思うほどの金色の光に照らされ、枕元に神様が立っておられました。
「力を授ける、けれども、苦しんでいる人たちのために、使う力であって自分の力であると思ってはいけない」と言われました。
この夜に、神様のお言葉を頂いてから、亡くなった人の心や気持ち、将来に起こる出来事などがわかるようになりました。

神様のお力を頂いて、苦しみ悩まれている人たちのお手伝いをさせて頂くことが、自分の『お役目』だと思いました。

人は皆、「因果」を背負ってこの世に生まれてきます。

だからこそ、誰もが美人に生まれてくることはできないし、男前に生まれてくることもできません。
また、誰もが皆、お金持ちの家に生まれてくることもできません。

たとえ、お金持ちの家に生まれてくることができたとしても、体が健康で精神が安定しているとは限りません。

人生とは、一瞬の出来事であり、「うたかたの夢」なのです。

私は、職業柄、数多くの「人の生命の終わり」を目の当たりにします。

人生とは、どれほど世の中で成功しても、どれだけの財を成すことができたとしても、人は皆、この世からは消えてゆく運命にあります。

だからこそ、欲張りな私は、「自分自身がこの世に存在した」という「価値や意味」を残したいのです。

「誰かの為に生きることができた」、「人様のお手伝いをさせていただくことができた」ということこそが、私が「この世に存在した」という「価値と意味」なのです。

関西(大阪・神戸・京都)お祓い・除霊(浄霊)相談・霊視鑑定・霊障相談なら「妙瀧寺」